かもしれない

「決めつけない ということ」

こんにちは^^マルです。
私が住んでいるマンションに、絶対に挨拶をしない男性がいます。

こちらから「おはようございます」と声を掛けても返事はなく、
会釈をしても反応なし。

たまたま機嫌が悪かったとか、気付かなかったというレベルではなく、
いつお会いしても、どんな状況でも同じなので、おそらくそういうスタンスの方なのでしょう。

以前から子供たちもその方に対して、

「なんなんだ、あのおじさんは!」

と不満をこぼすことがありました。

そのたびに私は、

「挨拶というのは相手からの反応を期待してするものではないよ」

と話してきました。

挨拶は、相手に対する好意や敬意を示すためのもの。

返事があってもなくても、自分がそうしたいからするものだと。

とはいえ、正直なところ、毎回完全に無視されると気持ちの良いものではありません。

私も人間ですから、

「感じの良くない人だな」

とは思ってしまいます(笑)

ので、自分に言い聞かせるように、子供達に話しています^^;

そんな中、先日、子供たちの会話を耳にして少し驚かされました。

一番下の娘が、

「また挨拶したのに無視された!」

と怒っていた時のことです。

それを聞いた長男が、

「もしかしたら耳が聞こえないのかもしれないよ」

と言いました。

さらに、

「今度、手話で『こんにちは』ってやったら返してくれるかもしれないよ」

と。

冗談だったのか、本気だったのかは分かりません。

ただ、その言葉を聞いた時に、

「ああ、そういう考え方ができるようになったんだな」

と少し感心しました。

もちろん、その方が本当に耳が聞こえないという話ではありません。

ですが、人はどうしても、自分が見た情報だけで相手を判断してしまいます。

挨拶を返さない人を見れば、

「感じが悪い人」

「失礼な人」

と思ってしまう。

けれど実際には、

何か事情があるかもしれない。

こちらが知らない背景があるかもしれない。

本当のところは分からないのです。

大人になるほど、自分の経験や価値観で物事を判断しがちですが、

相手を決めつけずに別の可能性を考えてみる。

それは簡単なようで、なかなか難しいことだと思います。

だからこそ、長男の言葉を聞いて少し嬉しくなりました。

相手を頭ごなしに否定するのではなく、

「もしかしたら別の理由があるのかもしれない」

と考えられる人でいてほしい。

そんなことを改めて感じた出来事でした。

そして私自身もまた、

知らないうちに誰かを決めつけてしまっていないか、

時々立ち止まって考えてみたいと思います。

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